So-net無料ブログ作成
検索選択

映画に見る価値観の偏り [映画]

映画が好きで、よくTV映画チャンネルで見ています。
ほとんどがアメリカの映画になってしまうのですが、これらにはアメリカ人の考え方が基本にあって、私たちは知らず知らずのうちに影響を受けているのを感じます。

現在では留学、ホームステイ、仕事での文化交流が進んでいることもあり、アメリカの文化がいやおうなしに日本の文化に影響を与えているのですが、それは一つの価値観にすぎないことを知っておかないといけないですね。

私が気づいた、よく表現されるアメリカ人的パターン、価値観

1.誕生日や記念日をとても大切にする。
2.夫婦で妻や夫以外の人を愛してしまうことは絶対に許さない。
3.サプライズを演出するのが好き。
4.欲求不満になると外に向かって爆発し、自分の周りのものを壊す。
5.普段は見向きもされない人が、いざとなるとヒーローになるストーリーが好き。
6.相手を圧倒する力で正義を守るストーリーが好き。

1~3は、すでに日本でも受け入れられて、当たり前のような考え方になっていますが、
なぜ、私が気になるのかというと、これらの考え方はあまり好きではないからです(^^)

4~6は、アメリカという国をよく表しています。またこうした映画の表現を利用することによって、そういう価値観を植えつけようとしているのでは・・・とも思えます。

たまに、こういったステレオタイプ?なものと違った観点で描かれた映画をみると、光るものを感じますね。
例えば、クリント・イーストウッドの「マディソン郡の橋」などはその一つですね。

madison.jpg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「死ぬまでにしたい10のこと」 [映画]

久々の映画紹介です。
「死ぬまでにしたい10のこと」(My Life Without Me)を見たのですが、心地よい気持ちで見ました。

my life without me.jpg

こういう死をテーマにした映画というのは、どうしても悲しみや痛み、ときには怒りを表現することが多くて、私たちに同じ反応を期待することばかりで、私はあまり好まないのですが、この映画を見終えると心地よさが残るのです。

死を意識したときに、私たちはこれほどまでに愛の中に自分を置くことができるのでしょうか? それとも、死を意識したからこそ、もういちど愛に目覚めることができたのでしょうか?

よく、自分が本当にしたいこと、自分の本当のワクワクは、自分の死を意識したときに初めてわかるものだ・・・・といいますが、そうでなくてもいつも本当の自分が求めているものを知っていたいですね。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「(500)日のサマー」 [映画]

最近は気になる映画があまりないのですが、「(500)日のサマー」は久しぶりにちょっとだけ<気になる>映画でした。

500-summer.jpg

なにげなく見ていると、どうってことのない、あっさりした映画なのですが、<男と女の愛>について考えさせられる映画ですね。

よく、恋愛と愛とは違うと言いますが、<恋に落ちる>という表現には何か運命的なものを感じさせますね。
そしてまた、よくある言葉として<あなたなしでは生きてゆけない>というフレーズもあります。

でも、この場合の自分の感情をよく調べてみると、自分には足りないものがあって、その運命の相手がいることで自分はその足りないものが満たされる・・・という思いがどこかにありそうですね。
だから、運命の相手を失うことで、自分は何か足りないひとりに戻ってしまう・・・という恐れが生じます。

この映画ではそんな状況におちいってしまった男性を描いているのですが、一方の女性はというと自由で、自立した愛の表現を求める人なんですね。
愛に形を求めようとする男と、ありのままの愛を生きようとする女。そのぎくしゃくした関係を描いているのがこの映画なんだろうなぁ、と私は思いました。

一度は運命的な愛を信じ、そして失い、もう運命など信じないと決めた主人公が、最後にまた運命的な出会いをするところでストーリーは終わるのですが、はたしてこの主人公は成長したのだろうか・・・

それにしても、もしこの映画の男性と女性が入れ替わっていたら、ただの優柔不断な男の物語になって、まったく無視される映画になったでしょうね(^^)
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「フィールド・オブ・ドリームス」 [映画]

以前に紹介した「リボリューショナリー・ロード」と好対照なのがこの映画です。
信じることが奇跡を生むというストーリーですね。

心に響く声を信じて、自分のトウモロコシ畑に野球場を作ってしまうという、普通では考えられない決心をする主人公。
そして彼の妻も何かわからないまま夫を信じて行動を共にするのでした。

やがて、彼の行為によって、夢が叶わず去っていった人たちの夢を叶えていくのですが、
実は彼自身がずっと抱いていた心の傷も癒えていくんですね。

映画の終わりで語られる言葉にすべてが込められています。

「天国は存在するのかい?」
「(存在)するとも」
「それは夢のかなう場所だ」

「ここは(自分が生きている現実が)天国なのかも・・・」

いろいろな意味でとてもスピリチュアルな映画ですね。

field of dream.jpg
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「リボリューショナリー・ロード} [映画]

このところ体調を崩し、熱や吐き気、頭痛などが交互におとずれ、なかなかおさまりません。
そんなとき、何となく見ていた映画とTVに心を動かされました。ふたつはまったく対照的なストーリーでした。

ひとつは映画の「リボリューショナリー・ロード(REVORUTIONARY ROAD)」
revorutyonary.jpg
ごく普通の生活をしている夫婦にある種の閉塞感が深まる。そこで妻が突然パリで暮らそうという提案をすることから始まります。
一見何の不自由もない生活が、実は自分たちが生きたい人生とは違うと感じる。もっと本当に生きたい人生を送ろうと考えるのです。周囲の人からは、まるで無計画に近い浅はかな行為と言われるのも気にせず夢を実行しようとします。
ところが、夫婦が夢に向かって進んでいる矢先に、夫はもっと堅実と思える条件を与えられ、冒険をしなくても今のままでも幸せになれるはずだ・・・という選択をするのです。
それまで<絶望的な虚しさ>と表現していた生活も、もしかしたら・・・という期待のうちに継続することを選択してしまうのです。
ところが結局はその選択がすべてを崩壊させてしまうことになります。


そしてもう一つはTV朝日の「人生の楽園」という番組です。
バラ好きな妻のいる夫婦が、妻の思い描くバラ園を作ろうと決心し、住まいを売却し、4000坪の原野を購入することから始まります。
そして、地元の人々に支えられながら原野を開墾し、理想のバラ園を8年かけて完成させていくのです。二人で始めた夢はいつのまにか周囲の多くの人を巻き込んで夢を実現させてしまうんですね。


自分にとっての夢って何なのだろう?・・・とあらためて考えさせられました。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「ダウト」 [映画]

<人間が道徳のためにあるのではなく、道徳が人間のためにある>のと同じように、
宗教も人間のためにあるものですよね。

しかし考え方によっては、宗教ほど<人間のためにある>ことが難しいものはありません。
その教えは<絶対に変えてはいけないもの>という認識が信者に行き届いているからです。
そのことを巧みに利用し、信者を思い通りに動かしてきた人たちがいることも否定できません。

映画「ダウト(Doubt)」はそのことを良く見せてくれます。これはなかなかいい映画でした。

doubt.jpg

熱心に教えを守っている者にとっては、それが守れない者が許せない。
それは神に背く行為とされ、罰を受けるべきだ・・・、と考えるようになっていきます。
かつては同じような理由で、悪魔の手先のような扱いをされ、殺されてきた人たちも数多いわけです。

よく考えてみれば、<許せない>とか、<殺されて当然>という思いほど、神(愛)から離れたものはないのだけれど、その矛盾さえも見えなくしてしまうところが怖いですね。
映画では、「神の意に沿う行為を為すためには、神より遠ざかる手段をとることも辞さない」と語らせていますが、世界の歴史はそのようにして汚されてきたんですね。

私たち、無宗教の者にとっても他人事ではありません。はたしてどれだけの人が<人間が道徳のためにあるのではなく、道徳が人間のためにある>ことを真から理解しているのでしょうか?

道徳という誰もが否定し難い理由をもって、人間性を失った判断や行動をすることは、世の中ではよくあることです。
そして、そのことに何の矛盾も感じないでいる、ということの方がまた恐ろしいことでもあります。

<道徳>も<神の教え>も、今、私たち自身が、内なる自分自身に問いただすべきものなのではないのだろうか?
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「プリティ・ブライド」 [映画]

映画「プリティ・ブライド(Runaway Bride)」はリチャード・ギア主演のどうということのない恋愛ストーリーですが、ひとつだけ面白いことがありました。
それはジュリア・ロバーツが演じる花嫁が結婚式のたびに突然逃げ出すというものなのですが、なぜ逃げだすのか? という理由です。

runaway bride.jpg

彼女は恋をするたびに、自分も知らないうちに相手が望む女性を演じてしまうんですね。きっとこれは誰でも経験することですが、相手が望む自分になりたい・・・、つまりは相手に好まれたい、という意識がどこかで働くわけです。

ところが、本当の自分を失っているのでは・・・、という不安がよぎり、それが突然大きくなり、最後の最後で逃げ出してしまう、ということだったのです。

まぁ、多くの人はそんな不安より明るい将来を描くイメージの方がずっと大きいし、<相手の望む自分になりたいと思うのが愛>だとか、それが自然だとか、おおきな勘違いをしたまま、そんな不安にも気づかずに結婚してしまうわけですけどね。
何しろ相手に束縛されることが愛の証だと思っている人がいるくらいですから・・・


本当の自分と、外側から見られている自分(あるいは見せている自分)のどちらを選択するのか?
ずっとありのままの自分でいるのか、それとも一生思い描く自分を演じて生きるのか?

考えてみると、大きなテーマではありますね。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「ラースと、その彼女」 [映画]

最近、見て良かったと思う映画が少なくなりましたが、
「ラースと、その彼女」(LARS AND THE REAL GIRL)はなかなか良かったです。
公式サイトがまだありました → http://lars-movie.com/

lars01.jpg

主人公が等身大のリアルドールを本物の彼女と思い込むという設定に、あまり内容に期待を持たせないただのコメディなのかと思っていたら、見終わってみると、愛に包まれて心が温かさで満たされる映画なのです。

主人公を取りまく人々が否定することなく温かく見守る中で、やがて主人公が変わっていく・・・
ただ温かい目で見守るということが愛につながるんですね。

そういえば、E・キューブラー・ロスの本の中でも、死の床にいる家族に対して何もしてあげられないことに深い悲しみを抱いている人に、「でも、あなたはいつもそばにいてあげられるでしょ。それが彼女にとっての一番の愛だと思いませんか?」ということが書いてありましたね。


映画の冒頭の教会のシーンで神父がちゃんとこの映画のテーマを語っています。

「この世界には、多くの決まりごとや法律があふれています
でも本当に大切なルールはひとつだけ
それが何か、神にたずねる必要はありません
神はすでに教えてくださいました
”互いに愛しなさい”
それが最も大切な守るべきルールです」

映画の終わりの方でも、神父の言葉を借りて物語を総括していますね。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「ヘンリー・プールはここにいる 」 [映画]

映画「ヘンリー・プールはここにいる ~壁の神様~」を見ました。
ちょっと気になる映画でしたね。

henrypool.jpg

希望を失ってしまい、必然なんて信じない、奇跡なんて信じない・・・、と抵抗を繰り返す主人公が、その必然と奇跡によって救われる、という内容です。

原題は「Henry Poole Is Here」です。希望をなくした主人公が人生の意味を見出せなくなり、「Henry Poole was Here」と記したものを、最後に”Is”に変えることによって”今”を生きていく人生を見つけるところがいいですね。

あっさりと、日常的で肩ひじの張らない映像で作られているのですが、見た後でホッとする映画でした。巨大な制作費をかけたスペクタクル映画を見た後より、見て良かったと思える1本でした(^^)
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「ピースフル・ウォリアー」 [映画]

こんな映画があったなんて知らなかった。
「ピースフル・ウォリアー PEACEFUL WARRIOR(癒しの旅)」というものです。

peacefulwarrior02.jpg

オリンピック出場を目指して練習を続けている学生が事故によって目標を見失うのですが、やがて人生の本当の目的を知ることになる・・・というストーリーですが、まさにスピリチュアルな気づき、そのままの映画でした。
あまりにもストーレートで、感動する前にむしろあっけにとられてしまった感じです(^^;

映画の後半で主人公がこう言います・・・「幸せは旅路にある 生き先ではない」

<人生とはプロセスであり、結果ではない>
何度この言葉を聞いたことでしょう。
最近知った言葉では、
<どういう行為をしたかが問題なのではない、どう在るかが問題なのである>
という言葉もつながってきますね。

わかっていながら(結局はわかっていないのですが)、私たちは結果を求めて生きてしまうんですね。
そして<今を生きる>こと、この瞬間を生きること、過去でも未来でもなく、今の今を生きることが<生>と呼ぶものなんだと、また知らされた映画でした。

オリンピックの金メダルはあってもなくても、そこには大きな意味など何もない。
そのことに気づいたとき、<平和に満ちた戦士>の<奇跡>が始まる・・・・
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

遠い空の向こうに [映画]

映画「遠い空の向こうに(October Sky)」を久々に見ました。
soranomukou.jpg

この映画は、私たちの<ワクワクの大切さ>、<自分が決める>ということをあらためて実感させてくれます。この映画が実話であることも説得力がありますね。

努力は必要ない、夢中であればいい。
自分を信じさえすれば道は開ける。

スピリチュアルな世界では、何度も聞く言葉ですが、私たちはいつも同じ言葉でこれらを否定します。
「もっと現実的になりなさい」
そう私たちが言うとき、<現実>とは、自分のワクワクとは離れた存在であり、望まないあり方であり、夢のない世界であり、幸せのない生き方なんですね。

夢と現実は違う、だから私は夢に生きる・・・、彼らが選択したのは夢の方だった。
nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

今を生きる [映画]

<誰もが信じているウソ>は私たちが<現実と夢は違う。もっと現実を見ろ>と言われ続けたことに対し、<夢こそがあなたの本当に生きるべき人生なのだ>と言っているんですね。

確かに今の世の中は私たちに厳しい現実を見せつけてきます。
でも、もしかしたら、今までとまったく違った見方をすれば、私たちはもっと優しい現実に出会えるのかもしれない。
私たちは、<何かがなければ幸せになれない>と思い込んでいて、その<何か>とは自分以外の人たちが決めている場合があるのではないでしょうか。

この言葉を聞くたびに思い出すのが、映画「今を生きる」です。
imawoikiru.jpg

私たちは、真実を感じたときに涙を流す。でもやがてその記憶も遠ざかり、また厳しい現実へと自分の身を置く。
あの映画を見て流した涙はいったい何だったのだろう。
忘れたらまたこの映画を見ることにしよう。
nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「ステップ!ステップ!ステップ!」 [映画]

ステップ!ステップ!ステップ!」(mad hot Ballrom)という映画をDVDで見ました。アメリカの小学校のダンス・プログラムでダンスを教え、その成果をコンテストで争うというドキュメンタリーもので、ダンスに興味がある人向きの映画ですね。

ボールルームダンスと言いながコンテストで踊る種目が、メレンゲ、ルンバ、タンゴ、スローフォックストロット、スイング、というのがアメリカらしかったですね。ルンバやタンゴ、スローも日本で踊られているイングリッシュスタイルではなく、アメリカンスタイルのダンスでした。こういうダンスの方がずっと楽しいのに、どうして日本では流行らないのか不思議ですね。

それにしても、子供とはいいながら音楽にのるセンスは素晴らしいですね。やっぱり国民性なのかなぁ、と思ってしまいます。

最後に紹介された言葉で、
人生で成功をするには、自分が好きなことを見つけ、それを究めることだ」というのが良かったなぁ。まさにスピリチュアルそのままの言葉でした。

ダンスコンテストの内容だったので、勝つこと、負けることについても考えさせるものでしたね。予選で落ちたチームで話し合いをするのですが、自由な意見が次々と出てくるのがアメリカらしいですね。
「目的はコンテストに勝つことではなくて、ダンスを覚えること」「無理をするより楽しみたかった」「勝つことを期待されると、頑張らなくちゃと思う」など子供とは思えない意見が飛び出すのには関心してしまいました。

勝ち負けを決めるというのは分離の方向に向かう行為なのですが、それがまた真実を知るチャンスを与えてくれるんですね。
人生の成功とは<勝つ>ことではなくて、<知る>ことなのかもしれません。


nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:映画

映画「2001年宇宙の旅」 [映画]

久々に映画「2001年宇宙の旅(2001 a space odyssey)」を見直してみました。私の大好きなSF映画です。
1968年といえば、もう39年も前の映画になります。39年も前にこの映画が作られたということ自体が奇跡としかいいようがありません。リアリティを追求した映画ではありますが、さすがに今となってはところどころにあり得ない動きが見えたりして、映像としては年代を感じます。

しかし、映像としては古くなったにもかかわらず、そのテーマを訴える力はいささかも古さを感じさせないのには驚きしかありません。
あまりにも時間を超越して世に出たため、当時この映画を理解する人はほとんどいなかったのではないでしょうか。初公開から10年後に初めて見た私も何が何だかわから分からないまま、とにかく興奮がおさまらないまま見ていた一人です(^^)。

当時のプログラムにこんなことが書かれていました。

「もし、この映画が一度で観客に理解されたら、我々の意図は失敗したことになる」アーサー・C・クラーク
「言葉で説明できない種類のもの、つまり視覚的体験を、見る人の意識の内部へ到達するような強烈な体験を私は創造しようとしたのだ。この映画の主題は”神”という概念だ。ただし、これまでのような神ではなく、科学的な定義による神なのだ。宇宙の知的存在、生物的進化の最先端としての神である。」スタンリー・キューブリック
「スタンリー・キューブリックは究極的なSF映画を創った。そして、どんな人でもこれ以上の映画を製作することは非常に困難なことであろう。技術的には比較することが出来るが、私は<2001年宇宙の旅>が遥かに優れていると思う。」ジョージ・ルーカス

私が初めてこの映画の意味するところを知ったのが、10年前になります。その時あらためてこの映画を見たときもまた大きな衝撃を受けることになりました。

スティーブン・スピルバーグはこの映画を「映画界のビッグ・バン」と語っているそうですが、それは当時騒がれた卓越した映像からではなく、私たちの真を射抜くテーマを真正面から扱ったからなのだろうと思います。

映像そのものに特化してしまった現在の映画界では、この映画を超えるSF映画を作るのはますます難しくなってしまったのでしょうか? SF大好きな私としては、なんとか作ってほしいですね。

PS.その後、続編として「2010年宇宙の旅」が作られましたが、ストーリーとしては続きであっても、内容は別のものでしたね。


nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:映画

映画「ショコラ」 [映画]

バレンタインデーが近いということで?「ショコラ」という映画をまた見ました。
<自由>というものをチョコレートに象徴させて描き、分かりやすくよくできた映画です。

終わりの部分で神父が初めて自らの言葉で言った、
人間の価値は何を禁じるかでは決まらない。何を否定し、拒み、排除するかでもありません。むしろ何を受け入れるかで決まるのでは? 何を創造し、誰を歓迎するかで・・・
というがテーマですね。

chocola.jpg

人はそもそも自由そのものの存在なのに私たちは自由であることを信じることができない。
人はそもそも愛そのものの存在なのに私たちは愛であることを信じることができない。
だから私たちは制限つきの自由と条件つきの愛を当たり前のようにして受け入れてきたんですね。

私たちにとってはとても分かりやすいこの映画も、キリスト教圏の中ではいまだに受け入れることができない人たちがたくさんいると思います。
そして、この私たちにしても彼らと同じように制限つきの自由と愛を信じ込んでいる自分がいることに気づいてはいないわけですね。

相変わらず、私たちにとっての自由は束縛するものからの自由であり、愛は自分にとって恩恵を受けられるものに対する愛なのです。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「RADIO」 [映画]

「RADIO」(僕はラジオ)という映画があります。
知的障害をもった少年が学校の周辺によく来ていた。その少年が気になっていたフットボールのコーチが少年にチームの世話係を頼むようになる。やがて彼は学校内でマスコットのような存在になり、さらには町中の人から愛されるようになります。

radio.jpg

彼は話すのも得意でないし、運動も得意でないし、へまばかりする。最初は周りの人は彼のためにいろいろなことをしているつもりだった。でも気がついてみると彼から愛を教わっていたことに気がつく。
彼の存在そのものが愛の象徴だったから・・・。

この映画を見ていると愛のレッスン1の意味がわかるような気がします。


nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:映画

映画「イン・アメリカ」 [映画]

「イン・アメリカ」(三つの小さな願いこと)という映画を見ました。だいぶ前にも見たものですが、今回もまた感動しました。二人の女の子を持つ4人の家族がアメリカに移住する物語です。幼い弟を亡くしたことを忘れられない両親、そしてアメリカに来て出会った愛すべき存在である黒人が亡くなったことを知らない次女。
映画の終わりに、長女が「さぁ、さよならを言って」と次女と父親に言います。

in_america.jpg

<さよなら>というのは忘れることではなくて、今はもうここにはいないという現実を認めることなんですね。あまりにも悲しい現実を前に、心の中ではまだ受け入れることができない。そのために新しい人生をも受け入れられなくなってしまう・・・ということなのでしょうね。

私の家の近くの道端に亡くなった人への花がいつも置かれています。もう2年以上になるでしょうか。気がつくとまだ置いてあります。
それを見る度に思うのは、亡くなった人への思いやりというより、あぁ、まだこの人は悲しみの中にいたままなんだろうなぁ、ということです。

<さよなら>が言えたとき、私たちはやっと新しい人生を生きることができる。<さよなら>と言えたときから、亡くなった人を悲しみではなくて、温かい気持ちで思い出すことができるんだろうなぁ。

When one door closes, another door opens
ひとつの扉がしまるとき、別の扉がひらきます
(「こころがやすらぐ本」より)

いままでいた部屋を出なければ、新しい部屋に入ることはできないわけですね。


nice!(0)  コメント(1) 
共通テーマ:映画

映画「13F」 [映画]

13F」(THE THIRTEENTH FLOOR)というだいぶ前の映画を見ました。
コンピュータの中に昔のロサンゼルスの仮想空間を作り、意識をその空間に送り込んで過去の世界を実際の世界のように体験できるのだが、実はそのシステムを作り出していた世界もまた創られた仮想空間だった・・・というものです。
13F.jpg
「マトリックス」という映画もそうですが、私たちの<現実の世界>が仮想の世界かもしれない・・・という発想はとても面白いものです。
哲学の紹介本を読んでいると、この世界が本当に存在するのかどうかは私たちに証明することはできない、と書かれています。

子供たちが楽しんでいるゲームの画像がだんだんと実写に近づいて、動きも精巧になっていますが、この技術が果てしなく想像を絶するところまで進歩して、中のキャラクターに自由意志という人間と同じ思考のプログラムもできるようになると、この現実と仮想現実との境目がだんだんと曖昧になってきそうです。

スピリチュアルの世界では、この現実の世界も実は創造された世界にほかならないということが常識となっています。<色即是空、空即是色>というのも同じことを言っているわけですね。仏教の世界でも<唯識>と呼ばれ、<我思う、ゆえに我あり>と同じ認識を持っていた人も多いんですね。私たちの世界は現実であるけど究極の現実ではない・・・ということだと思います。

「13F」とか「マトリックス」の映画の発想がゲームからきた発想なのか、あるいはインスピレーションからきたものなのかわかりませんが、世の中が<真実>に気づき始めている兆候なのかな、と思いながら映画を楽しみました。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画「今を生きる」 [映画]

小詩集と同じテーマで映画「今を生きる」というのがありました。厳格な学校、厳格な親の下で息づまるような学生に対し、ロビン・ウィリアムズが演じる講師が自由に、ありのままの自分を見つめ、<今を生きる>ことを教えていく。<何が最善であるかを知っているつもりの社会>と<今何をしたいか>との葛藤をせつせつとして描いていましたね。大きな感動の映画で忘れられません。

私たちのワクワクというのは、世の中が最善としている目標とは異なることが多いんですね。生産的でなかったり、お金にならなかったり、人から評価されなかったり・・・などですね。だから<どうすれば幸せになれるか>について、私たちは誤った経験によって、より<最善の目標>を掲げてそれに向かうことを良しとする傾向にあります。

そして、結局おおきな努力と苦難とストレスを抱え込みながら生きることを選択してしまい、最善とされる目標さえ達成すれば幸せになれるんだと、将来の幸せを信じて今の幸せを捨ててしまうんですね。<今を生きられない>人生ほど悲しいものはありません。

もし自分の人生が明日終わってしまうことを知ったら、きっと後悔しか残らないでしょう。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画

映画「Shall we Dance?」 [映画]

アメリカ版の映画「Shall we Dance?」が日本では4月29日から公開されます。私はもちろん社交ダンスをやっているのでこの映画をとても楽しみにしています。

そのタイトルに<幸せに飽きたら、ダンスを習おう>という言葉がそえてあります。その意味の捉え方は人によって違うとは思うのですが、私はこの言葉に表される内容がとても好きなんです。

人はひとりひとりが独自のワクワクを持って生まれてきます。「ワクワクって何だろう?」という記事のところでも書いたのですが、人はこのワクワクとともに生きることによって、自分の選んだ道を歩いていることを知り、努力を感じないで、幸せになれる、という仕組みになっているんですね。ところが、私たちはそれとは別に、<幸せとはこういうものだ>という一般的な合意みたいなものを持っています。有名な学校へ行き、有名な会社に就職し、お金に不自由せず、結婚し、子供がいて・・・などと、そんな人生を幸せな人生と考えたりします。

でも、人はひとりひとり違ったワクワクを持っているので、その人の幸せのパターンというのは、ひとりひとり違うんですね。自分以外の周りの判断でその人の本当の幸せなど決めようがないし、そもそも幸せかどうかは自分しか決められないことなんですね。

他人から見てどうみても幸せ、自分でも幸せなはずだと思っていてるし、何も不自由は感じていない、でも何かが足りない・・・。それはきっと後から作られた幸せの設計図で生きているからなんでしょうね。でも本当は自分だけの設計図がもとからあるはずなんです。その設計図の通りに生きているとき人はワクワクを感じるようになっているんですね。そして人はワクワクを感じ、知らず知らずに前に突き動かされていく・・・。そうなったら、あとはただ身をまかせればいいだけなんですね。

同じように、映画「フォレスト・ガンプ」も大好きな映画です。何も抵抗することなく、自分の思いに正直に身をまかせることで、その人の定められた人生をまっとうすることができるんでしょうね。映画の冒頭の部分で空を舞う羽が風に流され、やがてフォレスト・ガンプの前に落ちるシーンで、その映画のテーマすべてを映し出しているように感じました。


nice!(1)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:映画
メッセージを送る

海馬のWak・Wak・world
QRcode.jpg