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この先どう変化するか・・・ [ライフレッスン]

「この先どう変化するかよくわからない世界で、なじみ深い快適な道しるべが複雑で大きな力に脅かされているときには、最も深く根を張っているように見える木に必死にしがみつきたくなるのも、『しがみついていても安全ではないかもしれないという可能性を決して考えたくない』のも、ごくあたり前のことだ」
「そして、その最も深く根を張っているように見える木とは、はるか昔にさかのぼる哲学的、宗教的伝統である」
― アル・ゴア前アメリカ副大統領 ―

「神が望むこと」 ニール・ドナルド・ウォルシュ著 サンマーク出版より

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※ 今回より神との対話シリーズの最後の本となる「神が望むこと」から言葉を紹介します。
この本は神との対話形式ではなく、ニール自身が書いているものです。

「神が望むこと」
宗教にあまり縁のない人にとって、なんて耳障りなタイトルなんだろう?
神が望むこと>があったとしたら、私たちには<しなければならない>ことがある、という気持ちにさせられるからです。

でも、今まで神との対話シリーズを読んできた人にとっては、予想通りの結末なのです。
その結末を先に言ってしまえば
神が望むことは>・・・<何もない>ということです。

宗教に縁のない人にとっては、ホッとする結末ではありますが、これが熱心な宗教の信者にとっては<絶対に認められない>結末となります。
とくにいろいろな宗教の聖職者にとっては、これはまさに<悪魔の書>とみなされそうなのです。

そのため、本書の始めにはこう書かれています。 
「本書は歴史を通じて最も信じがたい書物のひとつであるだけでなく、同時に最も危険な書物のひとつである」

そして、
「この本に書かれていることを信じられる人は、ごく少ないだろう。
少なくとも、最初のうちは。
だからこそ、これはあらゆる時代を通じて最も信じがたい書物となる。」
と書かれています。

ところが、多くの日本人は仏教徒といっても宗教的な生活をほとんど意識していないので、最初に書いたように、<神は何も望んでいない>と言われても、かえって安心したりします(^^)
実質無宗教の日本人にとっては、よりスピリチュアルな概念にあまり抵抗がない、という大きなメリットがあったんですね。

読んでみても、少しも<危険な書>という感じなどしないのですが、国によってはこの本を持っているだけで罰せられることになる可能性も含んでいるんですね。
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